こんばんは🌜️
珍しく寝る前のブログですが、最近面白かった本を読了して頭の中が激しく動き出し、何かが溢れ出る感じだったのでまとめてみました😪
もう眠いけど⋯(笑)
2000冊を越えて見えた「読書の真髄」と題しまして⋯
それは、知性という鏡による自己対話であります。
最近、一冊の本を読み終えました。『天才思考』(山崎良兵 著)。

その名の通り、世界に変革をもたらすイノベーションの思考法に迫る、非常に興味深い一冊です。
しかし、今日はこの本の内容要約をここに記すつもりはありません。
なぜなら、僕自身がこれまでに2000冊以上の本と向き合ってきた経験の中で、「読書の本質」は、本の内容そのものにあるのではなく、それを読み解く過程で生まれる「自身の内なる変容」にあると確信しているからです。
多くの人は、読書を「情報の獲得」や「スキルの習得」の手段として捉えています。もちろん、その側面は否定しません。実務書やビジネス書から得た知見をすぐに行動に移し、現実を変えていく。それは非常に実用的で、価値のある行為です。
しかし、2000冊という膨大な知の海を泳いできた(本屋は癒しスポット⋯大きければ大きい本屋ほど良い⋯)僕が考える「読書の真髄」は、もっと別の場所にあります。
それは、「自己対話」と、積み重ねた知性による「自己認識」です。
本は、自身を映し出す「鏡」である。
あなたが手に取る一冊の本は、著者という他者の思想の結晶です。しかし、あなたがそれを読むとき、その本はあなた自身の内面を映し出す「鏡」へと変貌します。
同じ一節を読んでも、感銘を受ける人もいれば、違和感を覚える人もいます。今のあなたに必要な言葉は、過去のあなたには響かなかったかもしれません。なぜその記述に心が動いたのか? なぜその主張に抵抗を感じたのか?
その「なぜ」を突き詰めることこそが、読書における自己対話です。
本に書かれた知性は、あなた自身の内側にある「知性の受け皿」と共鳴します。2000冊という積み重ねは、その受け皿を広げ、深め、より精緻なものにしてきました。その磨かれた受け皿が、本の言葉をフィルターにかけ、あなた自身の独自の思想を形作っていくのです。
つまり、本を読むということは、著者の考えを学ぶことではなく、著者の知性を借りて自分自身の考えを発見し、再構築していくプロセスに他なりません。
※知性は「静かな自己認識」をもたらす
膨大な読書によって積み重ねられた知性は、単なる知識のコレクションではありません。それは、自分という人間を、より客観的に、より深く理解するための「認識のツール」となります。
多くの本を読めば読むほど、自分がいかに無知であるか、いかに偏った視点を持っていたかに気づかされます。これは、謙虚さというよりも、より正確な「自己認識」です。
知性は、我々に「視座の多様性」を与えます。
ある問題に対して、過去の哲学者、現代の起業家、異国の文学者、それぞれの視点から光を当てることができるようになる。すると、自分の感情やバイアスに囚われず、一段高い場所から状況と自分自身を俯瞰できるようになります。
この「静かな自己認識」こそが、真の知性がもたらす恩恵です。自分を知ることは、自分を律することにつながり、ひいては、外の世界に対してより適切に関わる力となります。
と長くなりましたが『天才思考』を読了してみて『天才思考』という本は、確かに優れた思考のフレームワークを提供してくれます。しかし、そのフレームワークを単に知識として覚えるだけでは意味がありません。
2000冊の経験を経て、僕はこう提案します。
そのフレームワークを使い、自分自身の過去の行動を分析してみる。自分ならどの思考法をどう応用するかを、深く空想してみる。その過程で生まれる違和感や、新たな発見に耳を澄ませる。
それが、知性という鏡を用いた「自己対話」です。
読書とは、外側の世界にある「正解」を探す行為ではありません。外側の世界にある多様な知性に触れ、それを自分という内なる世界に取り込むことで、自分だけの「正解(=確固たる自己)」を創り出していく行為です。
その積み重ねの先にこそ、真に豊かで、自律した人生が開けると、僕は信じています。
ブログはなるべく難しい表現を使わない様に心掛けているんですが、何か今夜は脳から知の源泉が溢れ出る感じで頭に浮かんだままに文章化してみました⋯
読み返したけど面倒くせぇ奴だな〜と思いますね!
明日は大事な会議を控えているので今夜もなるべく早くオフトゥンへGOしたいと思います🙇