おはようございます😊
朝、娘に着替えさせながら「なんで今日のお空は白いん?」と聞かれ、うまく答えられずに誤魔化した中村です⋯(東京は今日も雨)
子供と接していると、こういう瞬間が本当に多い。
こっちは経営やら教室運営やらで頭がいっぱいなのに、娘はそんな事情など知ったこっちゃない(笑)
今この瞬間に気になったことを、ただ純粋にぶつけてくる。
なるべくちゃんと答えるようにはしてますがつい適当になる事も⋯(笑)
子供は嘘がつけない生き物です。
楽しければ全身で笑うし、嫌なら嫌だとはっきり顔に出す。大人はいつの間にか、その場を丸く収めるための表情や言葉を身につけてしまいますが、子供にはまだそれがない。
これは「未熟」なのではなく、むしろ人間の一番自然な状態なんじゃないかと思うようになりました。
僕自身、経営者として日々いろんな人と対峙する中で、本音と建前を使い分けることに慣れすぎてしまった自覚があります。子供の裏表のない反応を見るたびに、自分がどれだけ「作られた自分」で毎日を過ごしているかを思い知らされます。
もう一つ、子供を見ていて痛感するのが「なぜ」を恐れない姿勢です。
わからないことがあれば、素直に聞く。
損得勘定なんて一切ない。
ただ知りたいから聞く。
大人はいつしか、わかったふりをする方が楽だと覚えてしまいます。恥をかきたくない、面倒くさい、そういう理由で「なぜ」を飲み込んでしまう。
でも事業でも読書でも、結局伸びる人というのは、この「なぜ」を手放さない人だったりします。わかったつもりになった瞬間に、思考は止まる。
子供の質問攻めは、実はそのことを僕に思い出させてくれているのかもしれません。
あと、子供は今しか生きていません。
さっきまで大泣きしていたと思ったら、次の瞬間には別のおもちゃに夢中になっている。この切り替えの速さは、正直めちゃくちゃ羨ましい。
僕らは経験を積むほどに、過去の失敗や将来の不安を抱え込みやすくなります。それは思慮深さの証でもあるけど、同時に「今」を生きる力を弱めてしまうこともある。
子供と過ごす時間は、教えているようで実はこっちが教わっている時間なんだと思います。
正直さ。
好奇心。
今を生きる力。
大人になる過程でどこかに置いてきてしまったものを、子供という純粋な生き物は静かに映し出してくれる鏡みたいな存在だなと。
子供を「導く対象」としてだけ見てしまうと、この鏡としての側面を見落としてしまいます。育てているようで、育てられている。そのことに気づけるかどうかで、日々の子供との関わり方も少し変わってくる気がします。
まぁそんな偉そうなこと言いつつ、さっきの「空はなぜ白いん?」には結局答えられなかったので、今夜調べて仕入れておこうと思います(笑)
